18歳で上京、東池袋の東拳ジムに入会し、19歳でプロボクサーに。〜東日本新人王決勝戦。
全日本新人王獲得後、腰痛で引退。24歳でカムバック、リングネームをナガ哲政に改名する。


栃木県の元ボウリング場での8回戦の試合。この試合の後、座骨神経痛で1週間ほど動けなくなる。


昭和54年4月17日 バンタム級10回戦(後楽園ホール)。解説はガッツ石松、アナウンサーは渡辺宜嗣(TV朝日)。
頭部から転倒し脳内出血で1ヵ月の入院、コミッショナーから引退勧告を受けて28歳で引退。ラストファイトになる。


日本ランカーに勝ってランクインした時の試合後の勝利者インタビューを受けている(テレビ東京)写真。当時はまだビデオを持っていなかった。解説は元世界フライ級チャンピオンの海老原博幸氏。